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<大東建託×NewsPicks>【速水健朗】キーワードは近さと身軽さ。多様化する住まいの価値観

公開日: 2022.10.28

最終更新日: 2022.11.10

持ち家信仰が根強いと言われた日本だが、近年、シェアハウス、デュアルライフ、アドレスホッピング、不動産のサブスクリプションモデルの登場など、「住まい」に対する価値観は劇的に変化し、多様化している。
なぜ、人々の「住まい」に対する価値観は変わったのか。今、人々は「住まい」に何を求めているのか。『東京どこに住む 住所格差と人生格差』、『東京β』などの著書を持ち、都市について研究する速水健朗氏が語る。

提供:NewsPicks

予測に反して「集積」を続ける私たち

今、日本人の「住まい」に対する価値観が、いまだかつてないほどに多様化しています。その背景には、いくつかの前兆と呼べる変化があります。

1990年代、「情報テクノロジーと交通テクノロジーの発展によって、人は都市を形成しなくなる」という予測がありました。

「出社する意味がなくなるし、移動だってもっと高速になるだろう。今のように都市部に集中する必要がなくなり、人は好きな場所に分散して住むようになる。ごみごみして生活コストもかかる都市部よりも、自然が豊かな場所を選ぶ人が多くなる」と。

非常にもっともらしい説ですが、その予測が一切当たらなかったのは、見てのとおりです。

実際には、先進国であれ、先進都市であれ、テクノロジーが発達すればするほど、都市の領域はより集中し、より狭くなっていきました。90年代の東京はどんどん人口分布範囲が拡大していきましたが、今は逆に、どんどん中心部に集積しています。

つまり、正解は「テクノロジーが進めば、人はより集まって住むようになる」だったのです。東京のみならず、地方は地方で中心部に人が集まっているので、これは全国的な傾向です。

出典:「住民基本台帳人口移動報告2018年」をもとに図版作成

なぜ予測が間違っていたのかを、経済学者たちが検証しています。それによれば、「人と人の距離が近いことにメリットがあるから」。

今、日本ではテレワークが盛んに推進されていますが、一方で、IT企業を中心にあえてテレワークを禁止する動きさえあります。

グーグルに代表されるIT企業のオフィスを見てみると、彼らが意識的に人と人との距離を縮めようとしているのがわかります。

IT企業は、都心の一等地であっても全社員をワンフロアで収容できる広いオフィスを探して、フロアが分かれることを避けます。どんなに「場所代」が高くついても、社員全員が同じオフィスにいて、常にシナジーが交換される状態を作ろうとしている。

データで示すのは難しいものの、フロアが分かれると効率が下がり、収益が下がることを知っているからです。

都市の人々には「気軽に引っ越せる」ことが価値になる

日本人の転職に対する考え方も大きく変わりました。少し前であれば「仕事で失敗したから転職して逃げたんだ」というイメージすらあって、「20代で3回転職した」と聞けば「どれだけ問題児なんだ」と思われる可能性もありました。

ですが、最近ではむしろ「どんどんステップアップしているに違いない」と感じる人が多いのではないでしょうか。企業に所属しない、実力のあるフリーランスも増えました。

仕事と同じく、住まいに対する考え方も変わりました。

西へ西へと拡大していた東京ですが、かつて町工場の近くに家を構えるのが当たり前だったように、「多少割高であっても、通勤に長時間かけるより、職場の近くに住んだほうがいい」という「職住近接」の価値観が定着してきました。

「職場から2駅以内に住めば家賃を補助する」という「2駅ルール」を打ち出す企業もあります。

将来的に転職する可能性が高く、その職場に合わせて近くに住まおうと思えば、自ずとフットワークの軽い賃貸を選択することになります。

自分で仕事と家を選択して、次々と引っ越していける人のほうが、社会状況の変化に即座に対応できる。

「賃貸は仮住まいで、いずれは自分の城(持ち家)を持つ」という感覚はすでに過去のもので、特に東京などの都市部では、ポジティブな理由でメリットの多い賃貸を選択する人が増えています。

出典:総務省統計局「1988年住宅統計調査」「平成30年住宅・土地統計調査」をもとに図版作成

日本人が生涯に引っ越す回数は、進学、就職、結婚、家の購入などで平均4?5回とされてきましたが、都市部に住んでいる人たちは10回以上の引っ越しも珍しくありません。一方で、地方には生涯引っ越さない人もいる。

平均を取ると確かに4?5回ですが、実際は両極端なのです。

住宅機能をアウトソースするという新しい価値観

このような背景を持つ都市部で求められるのは、「移動しやすい(賃貸)物件」です。手持ちの家具が配置しやすいシンプルな間取りや、家具や家電など、生活に必要なものが揃った物件のほうが好まれる傾向にあります。

長期間住むことを前提としていないので、そもそも住まいに「自分の城」という感覚がなく、デザイナーズ物件に代表されるラグジュアリーな方向でのこだわりを持つ人は減っているのです。

また、歴史を振り返ってみれば、かつては家にオーディオ機器がなかったからジャズ喫茶が流行し、家にテレビがなかったから定食屋にテレビが置かれ、そこに人が集まっていた。

それから、あらゆる物が家のなかに揃う時代を経て、今、再び人は別の理由から家の外に出るようになりました。

かつては誰もがお気に入りのジャズ喫茶、純喫茶を持っていて、そこでお気に入りの音楽を聞いたのだ。
iStock.com/kuri2000

「全部が家のなかで完結しなくていい」という発想から、さまざまな新しいサービスを積極的に取り入れる「住宅機能のアウトソーシング」とでもいうべき状況が起きているのです。

たとえば、広いキッチンスペースがあるシェアキッチンや、仕事ができる環境が整ったコワーキングスペースは、どこでも大盛況です。また、レンタルルーム市場もニーズに合わせて急速に拡大しています。

パーティーや飲み会をするにしても、誰かの家だと手狭だけど、店に行くと高い。ならば広いレンタルルームを借りて、みんなで料理を持ち寄ったほうが安上がりだし、家主に気兼ねする必要もない。

私は、データにはなかなか表れない変化を読み取るために、定期的にさまざまな世代へのヒアリング調査を行っていますが、フリーWi-Fiが使える場所が増えたことで、ネット回線を家に引かない20代もいるようです。

少し前まで、「家の中にあったほうがいい」「絶対必要だ」と思われていたものが、どんどん変化している。

シェアハウスについても、特別、他人との絆を求めていない人も入居するようになっていますが、キッチンや風呂などの共有スペースを、アウトソーシングの一種と考えれば納得できます。

住む場所に100%を求めるのではなく、お金がないからといって、満足のいく(住まいの)スペックを追求するために家賃の安い郊外に住むのではなく。必要なときだけ必要な住宅機能をアウトソースすることで、都心に住みながら豊かな暮らしを実現しようという価値観の転換が起きているのです。

何度も賃貸物件を住み替えることが当たり前になってから、そもそも物を多く持たない人も増えました。

暮らしがシンプルであれば、部屋探しの際の条件も少なくてすみますし、引越した先の物件や街が自分に合わなかったときも、「次の場所へ行こう」という選択が比較的容易です。定住先を持たず、移動し続ける「アドレスホッピング」と呼ばれるスタイルは、その極地でしょう。

それはさすがにレアですが、暮らしも物件も、できるだけ多くを所有せず、リースする。「身軽である」「シンプルである」ということが価値になる時代なのです。

「近い」という価値が見直されている

かつては近くに銭湯と定食屋、80?90年代にはコンビニエンスストアとレンタルビデオ店があるのが人気の賃貸物件の条件でした。でも、いまやコンビニはどこにでもあるし、レンタルビデオ店はどんどん減っている。

それらに取って代わった条件が、「活気のある商店街」と「お気に入りの飲食店」です。

人がいないところを歩いて帰るよりも、賑やかで治安のいい商店街を通って帰ったほうが安心。女性ならなおさらこの感覚が強いので、いわゆる「閑静な住宅街」は以前ほどもてはやされなくなりました。

「賑やかな商店街の近くに家があるほうが、便利だしセキュリティ面でも安心」この感覚は特に女性のほうが強いだろう。
iStock.com/7maru

また、2010年代から会社帰りに同僚と飲みに行く機会が減り、震災の影響によるライフスタイルの変化もあって、「飲むなら自宅の近所で」という人が増えました。東京のまちなかにも、昔ながらの居酒屋とは趣の異なる「バル」が並ぶようになっています。

いまや「職住近接」だけではなく、「食住近接」もまた住まいの価値観を紐解くためのキーワードなのです。

個人経営の小さなバルだけでなく、スターバックスのような「雰囲気のいい」チェーン店も求められています。スターバックスは女性がひとりでも入りやすい場所に店を構え、ひとりでもくつろげる席を意識的に用意していますが、同じような過ごし方ができる店は人気を集めます。

パソコンを開いてちょっとした作業ができる空間として、一人で入りやすいカフェを利用する人も多い。
iStock.com/SPmemory

「2駅ルール」を打ち出したIT企業を取材したときに感じたのが、彼らにとって仕事と遊びや趣味の境界が曖昧だということです。

もともとは通勤のストレスを解消するために設けられた制度だったそうですが、近所に住む社員同士での飲み会が増え、社内のコミュニケーションが活発になるという効果もあったとか。

職場の仲間に限らず、飲んでいるときに誘いやすいのは、15分くらいで来れる距離に住んでいる友だちです。終電を気にせず飲める相手とは遊びやすいし、お互いに職場との距離が近ければ、少しくらい帰りが遅くなっても翌日に響かない。

そんなふうに「近くに住んでいること」のシンプルだけど重要な価値に、多くの人が気づきはじめた。テクノロジーが発展し、働き方が変わり、ライフスタイルが変わり、結果、「どんな家に住むのか」ではなく「どこに住むのか」が重要視される時代になりました。

転職に対するマイナス感情がなくなり、持ち家じゃないからといって、まわりに引け目を感じる必要もない。どこに住み、どのように働くかを、そのときそのときの状況に合わせて自分でデザインする。それが容易になったのは、本当の意味で自由な、よい時代になったということでしょう。

私たちの価値観はどのように変化していくのか、これからも見守っていきたいと思います。

(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:木村雅章 デザイン:岩城ユリエ)