<大東建託×NewsPicks>【横川正紀×千葉学】賃貸住宅も「ソフト」が問われる時代だ
公開日: 2022.10.28
最終更新日: 2022.11.10
持ち家信仰が根強いと言われた日本だが、近年、シェアハウス、デュアルライフ、アドレスホッピング、不動産のサブスクリプションモデルの登場など、「住まい」に対する価値観は劇的に変化し、多様化している。
そんな多様な価値観の受け皿となるべく、2012年から大東建託が開催しているのが「賃貸住宅コンペ」だ。近年は、社会課題の解決をテーマに、賃貸住宅の既成概念に捉われない「空間」と新たな「仕組み」の構想を募っている。
では、審査員を務める建築家の千葉学氏と株式会社ウェルカム代表の横川正紀氏は、コンペの出展作品からどんな刺激を受けたのか。常識破りの自由な賃貸住宅について、意見をかわす。
提供:NewsPicks
どこまでも広がり続ける「デザイン」の能性
──2018年の「賃貸住宅コンペ」のテーマは「身近な社会問題と向き合う、新たな賃貸住宅とは」。そして、2019年今まさに応募受け付け中のテーマは「さまざまな生活を支える新たな賃貸住宅」となっています。一般にイメージされる建築のコンペとは異なる切り口ですね。
千葉 単純にカッコいい空間のデザイン=ハードだけを募るのではなく、「社会課題を解決するために、賃貸住宅がどんな役割を果たせるか」という仕組みやサービスといったソフト面まで踏み込んだ点で画期的なものでした。
2017年からこのソフトを重視するコンペスタイルになったのですが、この年のテーマは日本創成会議(2014年)のレポートで「消滅可能性都市」に挙げられた豊島区。
都市の様々な課題を考えるうえで興味深いエリアとして、たまたま取り上げたのですが、僕が豊島区の再開発の委員になっている縁もあって、のちに豊島区に提案することになったんですよ。
横川 「既存価値を上げる賃貸住宅-豊島区編-」というテーマで、豊島区のスポンサード企画にしか見えないんだけど、そういう話になったのはコンペの後なんですよね(笑)。
コンペの提案がそのまま実現したわけではないですが、実在する大きな街をテーマにしたことでインスピレーションが広がったし、そのアイデアが実際に豊島区にまで届いたのは本当によかった。
千葉 豊島区は池袋を中心にこれから再開発が進んでいきますが、同じく再開発が進んでいる六本木や渋谷とは違い、木造密集住宅地が隣接しているし、いろんな国の人たちが相当な数住んでいて、さらに最近は子育て世代がどんどん移り住んできている。
そういう現代的な状況を抱える環境で、「住む」という観点から、改めて街自体を捉え直す。そこでデザインが果たす役割は大きいですよね。
横川 僕はグッドデザイン賞の審査委員もやっていましたが、そちらでも少し前に「仕組み」というカテゴリーが新設されました。
「コミュニティデザイン」という言葉に表れるように、近年、デザインの裾野は無限に広がっています。車や家電など、形あるものばかりではなく、仕組みやコミュニティの在り方そのものが「デザイン」として認識されてきたということです。
実は僕も学生時代に建築を学び、建築家を夢見たものの、卒業と同時に違う道を選びました。当時から「建築というハードではなく、そのなかのソフトこそが大切なんじゃないか」と考えていたんですが、学校では建築の様式や構造などハードの話が多かったので。
iStock.com/JGalione
千葉 これまでは、ハードを作ればなんとかなった時代でしたから、後からソフトが考えられることも少なくなかったわけです。
横川 普通に考えたら、最初から使い方や住み方をもっと想像すべきですよね。そういった意味で、この賃貸住宅コンペは建築っぽくないけど、理にかなった形態だと思っています。
僕は今、流通の世界にいますが、ありがたいことに「どんな街や施設だったら出店したくなりますか」と施設づくりから相談されるようになりました。
「僕らが出店する/しない」ということだけでなく、僕らの出店をきっかけに少しでも良いほうに街が変わったらいい。今では、そんなふうに考えています。
「もっと開こう」「もっとつながろう」という問題意識
──では、賃貸住宅コンペの具体的な出展作品で、お二人の印象に残ったものを教えてください。
横川 賃貸住宅コンペの出展作品を見ていると、大学の研究室単位で送られてくるものよりも、一般部門のほうが突き抜けたアイデアが出てきますよね。大学だと、研究室なりの方針があったり、大人数で考えることで、良くも悪くもアイデアが丸くなるのかもしれません。
千葉 そもそも学生は、「仕組み」まで考えてデザインする機会がほとんどないんじゃないかな。これは建築教育の問題かもしれませんが。
日本の建築教育は、基本的に明治以降、国が発展していく過程で生まれた学問です。特に戦後は、どんどん建てることが重視された時代であったので、「ハードをどう作るか」ということしか教えてこなかった。
横川 ソフトの部分をあまり考えずとも、ハードを作ることはできてしまう。でも、学生たちに「それは何のためのハードなの?」と尋ねると言葉に詰まることが多いんですよね。賃貸住宅コンペで僕が辛口評価をした作品は、全部その部分が煮詰まっていないものでした。
ただ、人と人との関わりが希薄化しているという社会問題に対しては、フリーランスか学生かに関係なく課題を感じているようで、賃貸住宅コンペの出展作品にはつながりを生み出す仕掛けを組み込んだものが多かったです。
千葉 第7回(2019年開催)で一般部門最優秀賞を取った「商店街か?はし?める住笑混合賃貸」は非常にユニークです。全国的に商店街が衰退していて、今まではそれをどうやってリノベーションするかというハードの提案ばかりだった。でも、お店を新しくしただけでは問題は解決しない。
そこで、商店街にお笑い芸人の卵みたいな人たちを住まわせ、さらには並んでいる商店街を演劇の場に見立てるというアイデアです。
たしかに、商店街演劇性がある空間だという大きな気付きがありました。そこに、これまでとは違う属性の人たちが住むことでどんな活動が起こるか、かなり具体的に練られていたので印象に残っています。
一般部門 最優秀賞「商店街がはじめる住笑混合賃貸」のダイアグラム。空洞化した商店街を、お笑いを発信する場と賃貸を混合させた場をつくることで活性化する、というアイデアだ。
横川 商店街をお笑いの舞台にするという、いかにも大阪っぽい提案だけど、提案者は東京人というのが、またずるいですよね(笑)。
審査の場では「企画として吉本興業に持ち込んだほうがいい」という話も出ました。いわゆる「アーティストレジデンス」的なアイデアですが、空洞化する商店街の問題と、大阪の地域性をうまく掛け合わせている。
僕が印象的だったのは、一般部門優秀賞の「Bricolage Life ──フ?リコライフ」。これは空き家問題に着目して、地域住民が空き家をDIYでカスタマイズし、共有することで街を守っていくという発想でした。
街や住人に開かれた場を作ろうとする動きはいろいろな場所で見られるけど、それってかつて日本の生活には「縁側」のようによく見られたんですよね。
一般部門 優秀賞「Bricolage Life ーーブリコライフ」のダイアグラム。深刻化する空き家問題に対して、街を通り抜ける「ダンジリ」で共創を促し,街を再編していくアイデアだ。
昔の日本の住まいには縁側があって、セキュリティは垣根くらい。ところが、経済の発展やプライバシー意識の高まりから、家の中に閉じこもりがちになり、縁側も消えていった。結果、みんなが閉塞感を感じるようになったし、逆に危険が増した部分もある。
だから、新たな社会問題に対して、「もっと開こう」とか「もっとつながろう」という意識が芽生えている。
千葉 指名大学部門最優秀賞の「銭湯のあるまち」も、銭湯をつながりの場として位置づけています。
かつては街に銭湯があるのが当たり前で、近所の人たちのコミュニケーションの場でもあった。今の時代に若い人が、どんなつながりを求めて銭湯に通うのかは興味深いですね。昔ながらの「お互いに背中を流して」みたいなかたちとは違って、べたべたしすぎない、程よい距離感を見つけ出しそうですが。
指名大学部門 最優秀賞「銭湯のあるまち」のダイアグラム。長野の森林資源を生かした運営の仕組みを入れ,、使われていない郊外団地を温浴施設付き賃貸住宅にリノベーションするアイデアだ。
横川 これまで私たちは、部屋の中をどう充実させるかばかりを考えていたけど、金銭的にも広さ的にも、個人でできることには限界がある。だから、家にこもるよりも、外とのつながりに価値を見出しはじめているんでしょうね。
これからはじまる「二巡目」で建築は変われるか
──こういった新しい発想を受けて、お二人の「賃貸住宅」への意識も変わりましたか。
千葉 建築は本来、社会の基盤を作るものとして街に残っていくべきものですが、日本では家を消費財のように扱ってきました。建築家としては、家に求める機能が変わるとともに、まずその意識が変わっていってほしいですね。
「アメリカは歴史が浅い」とよく言われますが、少なくとも建築物においては日本より古いものもたくさん残っています。
横川 日本は戦後の焼け野原から立ち直るために、経済合理性を重視した建物をたくさん建てていった。そういう建物って、戦前のものと違って残す価値がそんなに感じられないから壊しちゃうんでしょうね。
千葉 戦後の建築ラッシュがあって、多分今が「一巡目」の終わりなんですよ。たとえばマンションの第1世代が、今ちょうど建て替えの時期を迎えています。でも、分譲マンションでは建て替えがなかなか進まない。
だって、100世帯が住んでいて「3分の2が建て替えに合意すればいい」と言ったって、50年も住んでいれば、経済状態も家族の状態もみんなバラバラですから、話をまとめるのは難しいですよ。これからの二巡目は、こういった「仕組み」の反省も生かさないと。
物を作って、売って、そのときはビジネスとして成り立っていたけども、あとあとになって脆弱性が見つかるというのは、コンピュータの「2000年問題」と似ていますね。
横川 「所有から利用に」という流れの中で、所有を前提にした仕組みの弊害も見えてきます。今、自動車のシェアが一気に広まりつつありますが、今後はあらゆるものが「これって本当に所有する必要あるんだっけ?」と見直されていくでしょう。
これまでの賃貸は「所有できない人のため」みたいに、諦めや妥協を含んでいたように感じますが、そもそもライフステージが変わると住まい方も変わって当然じゃないですか。
千葉 家族像だって、どんな変化があるかわかりませんしね。特に都市部のように、常にいろいろな人の出入りがある地域では、賃貸のほうが仕組みとして合っています。
あとは、賃貸物件が長く使われるようになる仕組みを作ること。いい建築に長く残ってほしいけど、そのためには適切な仕組みが必要だし、逆に新しい仕組みによって、今までなかった新しい空間を持つ賃貸住宅が生まれる可能性もある。
だから、昨年の賃貸住宅コンペにもあった占有スペースと共有スペースのあり方や割合を変えてみるというのも、すごく重要な実験なんです。若い人たちのこういった実験的なアイデアは刺激的だし、まだまだ賃貸住宅には新しい可能性があるな、と感じています。
横川 そういった社会課題についてアクションを起こすとき、どうそのコストを軽くしたり、分散させたりするかが重要。いいなと思うアイデアでも、単に共益費や管理費という形で借主の負担が重いと、実現は難しい。
その点、賃貸住宅コンペには、コストシェアのアイデアまで考えた作品があったことが素晴らしいと思います。
「共益費」っていう呼び方をやめて、「新しい価値を生むための資金」って呼ぶのはどうでしょう。それだったら、むしろ積極的に払いたくなりませんか?
千葉 たしかにすごくポジティブに聞こえます。長いけど(笑)。
横川 だったら「賃貸」という言葉から変えましょうよ。家を持てないから借りている、というワンランク下がった印象は、絶対に「賃貸」という呼び名のせいもありますよ。これは、賃貸住宅コンペのテーマにしてもいいくらいのビッグプロジェクトだ。
千葉 じゃあ「賃貸住宅コンペ」という名前も変わりますね。既存の価値観を根底から覆すとんでもないアイデアが生まれるイベントになりそうで、どんな名前になるかが今から楽しみです(笑)。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:岩城ユリエ)
2019年の賃貸住宅コンペについてはこちらをご覧ください。
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